ラグランスリーブとは

エポカル UVカット&近赤外線カット 体操服 幼稚園 小学校 株式会社ピーカブー
襟ぐり(首回り)から脇の下にかけて斜めに切り替え線が入った袖の設計のことです。
一般的なTシャツなどのように肩の頂点に縫い目(セットインスリーブ)がなく、肩から袖口までが一続きの生地でつながっています。
主な特徴とメリット
- 高い運動性: 肩まわりの可動域が広く、腕をスムーズに上下・前後へ動かせます。そのため、野球のベースボールTシャツやジャージなどのスポーツウェアによく採用されます。
- 着脱がスムーズ: 襟ぐりにゆとりが生まれやすいため、服を脱ぎ着するのが簡単になります。
- 肩幅のカバー効果: 肩のラインがはっきり出ないため、肩幅の広さを目立たなくさせる視覚効果があります。
- リラックス感: 肩がストンと落ちるシルエットになるため、カジュアルでこなれた印象やビッグシルエットの着こなしにぴったりです。
- 防水性の向上: 肩のトップに縫い目がないため雨が侵入しにくく、トレンチコートやレインウェアにも重宝されています。
デメリット
- フォーマルには不向き: 肩のラインが緩やかになるため、少しラフでカジュアルな印象を与えやすいです。そのため、ビジネススーツやカチッとしたフォーマルな場面にはあまり適していません。

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名前の由来
19世紀のクリミア戦争において、イギリス陸軍の初代ラグラン男爵(フィッツロイ・サマセット)が考案したことが始まりです。
彼は戦場で右腕を失ったため、負傷した兵士たちが自分自身で衣服を簡単に着脱できるように、このゆったりとした袖の形を開発・注文したと言われています
彼は戦場で右腕を失ったため、負傷した兵士たちが自分自身で衣服を簡単に着脱できるように、このゆったりとした袖の形を開発・注文したと言われています
1. 将軍自身が「右腕を失っていた」という背景
考案者である初代ラグラン男爵(フィッツロイ・サマセット)は、クリミア戦争(1853〜1856年)よりはるか昔、1815年の「ワーテルローの戦い」で右腕に大怪我を負い、切断していました。
彼は片腕になっても軍人としてのキャリアを諦めず、努力の末に左手で文字を書くことを覚え、陸軍の要職に上り詰めました。
しかし、当時のカチッとしたミリタリーコートは、片腕の彼にとって非常に動きづらく、身体の障がいが目立ってしまうデザインでもありました。
彼は片腕になっても軍人としてのキャリアを諦めず、努力の末に左手で文字を書くことを覚え、陸軍の要職に上り詰めました。
しかし、当時のカチッとしたミリタリーコートは、片腕の彼にとって非常に動きづらく、身体の障がいが目立ってしまうデザインでもありました。
2. 老舗ブランド「アクアスキュータム」との出会い
時が経ち、ラグラン男爵が最高司令官としてクリミア戦争へ赴くことになった際、彼はロンドンの高級仕立屋(のちの高名な英国王室御用達ブランド「アクアスキュータム」の創業者ジョン・エマリー)に特別なコートを注文しました。
その際のオーダーは以下の2点でした。
- 片腕でも簡単に脱ぎ着ができること
- 怪我をした負傷兵たちも、武器(剣や銃)をスムーズに扱えるようにすること
これを受けた仕立屋は、肩の縫い目を完全に排除し、首回りから脇へかけて斜めに切り替える画期的な袖を設計しました。これが「ラグランスリーブ」の原型です。このデザインは、ラグラン男爵の失った腕のラインを自然に隠し、かつ圧倒的な動きやすさを実現しました
3. 地獄の寒さと「ジャガイモの麻袋」の都市伝説
クリミア戦争の戦場(現在のウクライナ・クリミア半島)は、歴史的な酷寒の地でした。
イギリス軍は補給が間に合わず、多くの兵士が寒さと凍傷、そして戦闘による負傷に苦しんでいました。
イギリス軍は補給が間に合わず、多くの兵士が寒さと凍傷、そして戦闘による負傷に苦しんでいました。
ここで、ラグランスリーブの誕生にまつわる有名な逸話(諸説あり)が生まれます。
戦地の野戦病院には、寒さに震える傷病兵があふれていました。彼らは肩や腕を包帯でぐるぐる巻きにされているため、通常の服の袖に腕を通すことができませんでした。
これを見たラグラン将軍は、戦地に大量にあった「ジャガイモを運んできた麻袋(あるいは不要になった毛布)」に目をつけました。
袋の角を斜めに切り落とし、頭と腕が出せるように穴を開けて兵士たちに着せたところ、
怪我人でもラクに着脱でき、防寒着として大いに役立ったといわれています。
戦地の野戦病院には、寒さに震える傷病兵があふれていました。彼らは肩や腕を包帯でぐるぐる巻きにされているため、通常の服の袖に腕を通すことができませんでした。
これを見たラグラン将軍は、戦地に大量にあった「ジャガイモを運んできた麻袋(あるいは不要になった毛布)」に目をつけました。
袋の角を斜めに切り落とし、頭と腕が出せるように穴を開けて兵士たちに着せたところ、
怪我人でもラクに着脱でき、防寒着として大いに役立ったといわれています。
この「戦場での即席の工夫」と、彼がロンドンで仕立てさせた「コートの設計」が合わさり、
戦後に機能的な袖のパターンとしてイギリス全土、そして世界中へと広まっていきました。

このお話に感動した松成です。
現状を維持せず、あるものを使って工夫し、新しいものを生み出したラグラン男爵を尊敬します!
株式会社ピーカブー
戦後に機能的な袖のパターンとしてイギリス全土、そして世界中へと広まっていきました。

ラグラン男爵 ウィキペディアより
このお話に感動した松成です。
現状を維持せず、あるものを使って工夫し、新しいものを生み出したラグラン男爵を尊敬します!
株式会社ピーカブー
エポカル 松成紀公子





