どうして日焼けブームはあったのか?エポカル
昭和から平成にかけての美容観の変遷を解説
はじめに:日焼けブームとは何だったのか
かつて日本では「小麦色の肌」が美しさの象徴とされた時代がありました。
1970年代から1980年代にかけて最高潮に達した日焼けブームは、なぜ起こったのでしょうか。
現在の美白志向とは正反対のこの現象について、歴史的背景から社会的要因まで解説します。
日焼けブームの起源:1920年代の美意識革命
ココ・シャネルがもたらした価値観の転換
日焼けブームの起源は、意外にも1920年代のヨーロッパにさかのぼります。
ファッションデザイナーのココ・シャネルが偶然日焼けした姿を公の場で見せたことが、美容界に革命をもたらしましたとされているようです。
それまでの美意識
- 白い肌 = 上流階級の証
- 日焼け = 屋外労働者の象徴
- 日傘や長袖で肌を守ることが美徳
シャネル以降の変化
- 日焼け肌 = 健康的!で洗練された印象
- レジャーを楽しむ余裕の表れ
- アクティブなライフスタイルの象徴
戦後日本における日焼けブームの土壌形成
1950年代〜1960年代:健康志向の高まり
戦後復興期の日本では、「健康的な生活」が何よりも重視されました。この時代背景が日焼けブームの土壌を形成したのです。
医学的根拠への注目
- ビタミンD生成による骨の強化
- 結核予防効果への期待
- 日光浴療法の普及
- 「太陽の光は万病の薬」という考え方
社会情勢との関連
- 栄養状態の改善への願い
- 体力向上への社会的要請
- 戦時中の不健康なイメージからの脱却
日焼けブーム全盛期:1970年代〜1980年代の社会現象

ファッション業界が牽引した美容トレンド
1970年代に入ると、日焼けは単なる健康志向を超えて、ファッションと密接に結びついていきます。
メディアの影響力
- 人気女優・モデルの小麦色肌
- 雑誌での日焼けテクニック特集
- テレビCMでの健康的な日焼け肌の美化
- 「ガングロ」文化の先駆け
美容商品の発達
- 日焼けオイル・ローションの多様化
- サンオイルのブランド競争激化
- 日焼けサロンの登場(1980年代)
- UV機器の技術向上
経済成長とレジャー文化の発達
高度経済成長期の日本では、レジャー産業が急速に発展しました。これが日焼けブームに拍車をかけたのです。
レジャー活動の多様化
- 海水浴場の整備と人気上昇
- スキーリゾートでの「雪焼け」文化
- テニスブームと屋外スポーツ
- サーフィンなどマリンスポーツの普及
海外旅行ブームの影響
- ハワイ・グアムなど南国リゾート人気
- 日焼け = 海外旅行のステータスシンボル
- 「バカンス」文化の日本への浸透
- リゾートファッションの発達
日焼けサロン文化の誕生と発展
1980年代:人工的な日焼けの時代
自然な日光だけでは満足できない人々のために、日焼けサロンが全国に展開されました。
日焼けサロンの特徴
- 天候に左右されない確実な日焼け
- 短時間での効率的な肌の色付け
- 専門スタッフによるアドバイス
- 年中無休の日焼け環境
社会への浸透
- 若者文化の中心的存在
- ファッション雑誌での特集増加
- 芸能人・モデルの利用公表
- 全国チェーン店の急速な展開
日焼けブーム終焉の兆し:1990年代の価値観変化
医学的知識の普及と健康リスクの認識
1990年代に入ると、紫外線の害に関する医学的知識が一般に広く知られるようになりました。
健康リスクへの認識変化
- 皮膚がん発症リスクの周知
- シミ・しわなど光老化への関心
- 紫外線とメラノーマの関連性
- WHO(世界保健機関)による警告
美容観の転換点
- 「美白」への価値観シフト
- アンチエイジング意識の高まり
- 予防医学の浸透
- スキンケア技術の向上
メディアと美容業界の方向転換
ファッション雑誌や美容業界も、徐々に美白志向へとシフトしていきました。
業界の変化
- 美白化粧品市場の拡大
- UVケア商品の技術革新
- 日焼け止めの高機能化
- 美白系モデルの起用増加
現代における日焼けブームの教訓
バランスの取れた紫外線との付き合い方
現在では、極端な日焼けも極端な日光回避も推奨されていません。適度な紫外線暴露が健康維持に重要とされています。
適度な・・・は、ビタミンDを生成するだけの時間でOKなので例えば
日本の夏(首都圏)なら、手のひらの面積に15分程度で充分。
魚やキノコをしっかり食べる日本人なら、食べ物からも接種できていると考えられています。
現代的なアプローチ
- 適度な日光浴の重要性
- 時間帯を考慮した外出
- 効果的な日焼け止めの使用
- 個人の肌質に応じたケア
まとめ:時代と共に変わる美容観
日焼けブームは、戦後復興から高度経済成長期にかけての日本社会の変化を象徴する現象でした。健康志向、経済発展、レジャー文化の発達、そしてメディアの影響が複合的に作用して生まれた社会現象といえるでしょう。
現在の美白志向も、将来的には別の価値観に変化する可能性があります。重要なのは、流行に振り回されることなく、科学的根拠に基づいた適切なスキンケアを心がけることです。
日本の紫外線対策の始まり
株式会社ピーカブーは、「紫外線対策」という言葉を作りました。
子供のアトピーがきっかけで日焼けを防止しなくてはならなかったことから、UVカットウエアは始まっています。
アトピーの肌に「UVカットクリーム=日焼け止め」を塗ることが考えられなかったからです。
赤く腫れあがった小さな子供の腕に、UVカットクリームを塗るという気持ちには一切なれませんでした。
では、どうすれば??
私は、影を持って歩くしかないと考え、ベビーカーに大きな分厚いバスタオルをかけて出かける毎日でしたが、歩き始める目前の子供、どうしたら?と考え考えて「持って歩ける日陰=UVカットウエア」が安全だと考え、特殊な素材があることを見つけ、検査し、これをエポカルブランドとしました!
日本は、太陽信仰の国。
太陽を悪く言うことは出来ません。
定着することがとても難しい国だと最初の5年は思いました。
ただ、2005年子供のための紫外線対策協会を立ち上げ、シンポジウムを行いました。
WHOのSunprotectionを翻訳し(WHOのドクターの許可をもらっています)たくさんの方においでいただきました。
また、同じ年に、環境省のマニュアルが、翌年に気象庁のUVインデックスが発表され、後押しとなったのです。
紫外線対策という言葉をNEWSで初めて聞いたときの感動は一生忘れることは無いでしょう。
今であってもTVから聞こえる「紫外線対策」という言葉にドキッとします!
エポカルプロデューサー
松成紀公子
関連キーワード
- 日焼けブーム 歴史
- 昭和 美容観 変化
- 日焼けサロン 文化
- 美白ブーム 起源
- 紫外線 健康リスク
- レジャー文化 発展
- 戦後日本 ライフスタイル
この記事は日本の美容史研究に基づいて執筆されています。現在は適度な紫外線対策が推奨されており、過度な日焼けは避けることが大切です。





